母の実家(祖母宅)は山の中にある。
祖母宅は、家が建っている土地以外にも山林と農地を所有していて、その土地で昔は稲作をやっていたらしい。私がずっと不思議に思っていたのは、所有地がひとつづきでなく点々と飛び地のようになっていることだった。
家の前に広がる2枚の田んぼ、家の裏の「上ん山(うえんやま)」、ここまではわかる。
他にも、上ん山の向こうの「裏谷(うらだに)」に3枚田んぼがあるんだけど、上ん山からは行けないので、家の前の道を谷の方へずっと下りていって、「他のお家の敷地内では?」と思うような道を通って、切り立った崖沿いを進んで行って、ようやく裏谷にある祖母宅の田んぼにたどり着く。
あともう一つ、今は立派な竹林になってしまった山があって、その山は、上ん山の左隣にお隣のお家の山があり、細い農道を境にして、その向こうにある。昔はよく日が当たっていたので、そこでも何枚か田んぼを作っていたそうだ。
こんなふうに、祖母宅の所有地は点々とある。ご近所のお家の所有地も、祖母宅の山の道挟んで向こうの山は「川近くのともちゃん家の山」とか、うちの山を登りついた先の山は「ともちゃん家の隣の、ひでとしちゃん家の山」というふうに、家が建っている土地とは離れたところに点々とあるのだった。
最近集落で出会い仕事があって、私も祖母宅の代表として参加した。
7月は毎年、天神さまの掃除と、上ん山に繋がる古くからの道の草刈りをするらしい。
天神さまはお隣のお家の山と祖母宅の山との境にあって、鳥居は新しく立派なものが農道に向かって建てられている。でも鳥居をくぐった先は田んぼなので、私はずっと「どこにお社があるのかな?」と思っていた。よく見ると田んぼの先にある山の肌に沿って細い道なき道があり、その道を登ると小さなお社にたどり着く。
私もお社まで行ったのは数年前に登ったのがはじめてだった。お社は手作り感のある小さなもので、狛犬もお賽銭箱も鈴もない。一見すると山の中の物置き小屋のようなのだが、小屋を囲う木の中にひときわ大きな銀杏があって、その木を見れば神さまの社か何かかな、と思うだろう。
天神さまの掃除には集落の最年長、モモヨおばさんが来ていた。
私が幼い頃からおばあさんだったし、そんなにしょっちゅう会いに行っていたわけじゃなかったので、私のことはわからないだろうと思っていた。そんなモモヨおばさんと集合場所で話していたら、
「あんた、うちによーく来たなぁ、うちに犬がいたとき」
「えっ!はい、行ってました!」
「お兄さんがいたろ?弟かな?」
「弟です!」
「そうか、弟かな。2人でよく来たなぁ」
「行きました!ぐみの木があって、たくさん食べさせてもらった〜!」
まさかの、
私たち姉弟を覚えていてくれた。
モモヨおばさんのお家に犬がいたのは何十年前だろう?
モモヨおばさんのお家のぐみの実を食べたのは?
私9歳弟5歳くらいのときだと思う。
20年以上前だ。
…モモヨおばさんっ涙
集落のおじさんたちが草刈り機で天神さままでの道を切ってくれている間、私はモモヨおばさんとお社内とお社のまわりの掃除をした。電気もつかないお社の床には小さな花の種だか、細かい動物のウンチだか、小さな蛾の死骸だかが目いっぱい落ちていて、それをサーッと掃いて、神さまの両側にある花瓶に表の榊から切ってきた枝を挿して、お社のまわりの草むしりをした。
作業が終わった後、みんなで天神さまにお参りをして、お神酒をいただいた。
こうやって集落を、天神さまを維持しているんだなぁ。すごいなぁ。
お神酒をいただいたあと、モモヨおばさんが話してくれた。
「昔、天神さまはお金持ちでな、ここらの田んぼは皆、天神さまの持ち物だった。それを集落みんなで分けたんよ」
…えっ?
天神さまがお金持ち?
この、質素な天神さまが?
ていうか、天神さまがお金持ちってどういうことだろう??
天神さまの田んぼ。
天神さまの土地。
ずっと昔は土地も、田畑も、集落ごとの天神さまが持っていたということ?天神さまに神主さんがいて、その人の持ち物だったということ?…わからない。とにかく、天神さまの田んぼをみんなで分けたから、各家の所有地が飛び地のようになったんだな。
上ん山を登りついたところには小さな水路があって、その道は山の尾根に沿って南山城跡まで続いているらしい。伯母の話では、その道は昔お殿様が通る道だったそうだ。
自分のルーツである祖母宅がある土地。その土地の歴史が知りたいな。どんな人たちがどんな暮らしをしていたのか、その時代の雰囲気はどんな感じだったのか。そういう話はその土地に代々住んでいる人たちが上の世代から聞いた話としてしか伝わっていないかもしれない。
今のうちに祖母やモモヨおばさんや集落の人たちに聞いておこうと思う。